アカデミー賞と認知率の関係を考える (続編)

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前回コラムの概略

今年度のアカデミー賞のノミネートが発表されたタイミング(1月第四週)で、アカデミー賞が作品の認知率にもたらす影響を過去作品を見ながら検証し、今年度の作品の状況について分析(*1)した。
今年度ノミネート数が多かった三作品の、前作コラム掲載時点での認知率(*2)をおさらいすると、『ソーシャル・ネットワーク』はすでに公開2週目で55%に到達、公開5週前の『英国王のスピーチ』は13%とやや高め、公開8週前の『トゥルー・グリット』は9%とその後の上昇に期待がかかる状況であった。
一方、昨年度作品賞受賞の『ハート・ロッカー』、一昨年度の『スラムドック$ミリオネア』はいずれも、作品賞受賞直後の週、その前週の認知率20-30%から実に30ポイントもジャンプし、認知率60%近くまで到達していた。
今年度のアカデミー賞ノミネート作品の認知率は、どのように変化したのだろうか?結果を検証しつつ、改めてアカデミー賞と認知率の関係について考える。

はじめに

第83回アカデミー賞授賞式は、日本時間の2011年2月28日に開催された。メディアでもアカデミー賞ノミネート・受賞作品が大々的に取り上げられ、特に、ゴールデン・グローブ賞作品賞受賞の『ソーシャル・ネットワーク』とアカデミー賞12部門ノミネートの『英国王のスピーチ』の一騎打ちを中心に、渡辺謙出演の『インセプション』、主演・助演俳優賞に絡んだ『ザ・ファイター』『ブラック・スワン』等に注目が集まった。

作品賞獲得によるテレビ露出量を金額換算すると?

まず、認知率への効果が絶大のテレビ露出量の状況を分析するため、アカデミー賞授賞式直前の週末から一週間(2月26日土曜日-3月4日金曜日)のテレビでの露出量(*3)をHeadlineTV提供のデータベースを利用して計算し、全体(*4)におけるシェアを分析した。


スポットCMの露出シェア【図1】は、公開1-2週前の『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団』『塔の上のラプンツェル』などが中心となっている。作品賞を獲得し、2月26日土曜日公開の『英国王のスピーチ』も4%のシェアである。
一方、目を引くのは、番組内露出(*5)【図2】である。番組内露出も、公開が近い作品のシェアが通常は当然大きい。しかしやはりアカデミー賞となると扱いが異なる。その週公開の新作を凌ぎ、5割以上の露出量シェアをアカデミー賞関連作品が占めている。
また、中でも作品賞を獲得した場合の露出量は圧倒的である。作品賞受賞の『英国王のスピーチ』の番組内露出量は、一騎討ちに敗れた『ソーシャル・ネットワーク』のほぼ2倍である。
本分析での『英国王のスピーチ』の番組内露出量を、露出時間で総量を計算(*6)し、15秒を1単位とし、時間帯別視聴率で重みづけし推定GRP量に換算した数値は、3241ポイント。
通常、番組内露出はGRP換算しないため、上のような計算はやや無理があり、多少乱暴である。しかし、そこをあえて一般に言われるように1GRP=10万円(*7)とすれば、本作品にとって、アカデミー賞作品賞受賞は、2月25日の公開日から1週間で3億円相当のテレビCM枠を購入したことと同等のテレビ露出があったという見方ができよう。

アカデミー作品賞を取れば、中小規模作品でもメジャー作品並みの認知率(60%~)が可能

上記のように、これほど多くのテレビ番組内露出を受けた結果、授賞式開催前週と開催週では、各作品の認知率には変動があった。
【図3】は、今年度のアカデミー賞ノミネート作品のうちCATS調査対象の5作品の、今年度のアカデミー賞授賞式開催前週と開催週の認知率を比較した結果である。


どのノミネート作品も一様に認知率を上昇させているが、中でも際立っているのは、作品賞を受賞した『英国王のスピーチ』の認知率の20ポイント増。大幅な認知率上昇の結果、100スクリーン強の比較的小さい公開規模であるにもかかわらず、60%という非常に高い認知率に達している。
前回、前々回のアカデミー賞作品賞受賞作品でも同様の数値をみてみると、同じく授賞式開催後には60%近い認知率に達している。【図4】

では、認知率60%とは一体どれほど高い数値なのか?上記作品は100スクリーン強での公開だが、認知率60%というのは、通常は300スクリーン以上の公開規模でないと到達しないレベルである。
公開規模を絞らず認知ベースのない洋画作品のなかで、公開週・公開翌週における認知率が60%程度の作品をピックアップすると、『インセプション』(58%、約530スクリーン以上で公開)『特攻野郎AチームTHE MOVIE』(60%、約360スクリーンで公開))など、大規模作品ばかりが並ぶ。過去2年間で同種の作品のうち、認知率が60%を越えた作品は、いずれも公開規模が300スクリーン程度以上の作品である。当然それに見合う宣伝費も使っているであろう。
一方、『ハートロッカー』等のアカデミー賞受賞3作品のように、認知ベースがなく(原作ものでない、シリーズものでない)、100から150スクリーン公開規模の洋画作品の公開週の認知率は、通常であれば、高くてもおおむね30%程度である(例:『コララインとボタンの魔女3D』(公開週認知率26%)、『運命のボタン』(23%)『マーシャル博士の恐竜ランド』(32%))。
このように、100スクリーン強の公開規模で認知率60%という数値は驚異的であり、アカデミー賞受賞の宣伝効果の強さを表している。

『英国王のスピーチ』は『スラムドッグ$ミリオネア』の13億を超えるポテンシャル

さて、この『英国王のスピーチ』は、受賞後の認知率こそ『ハート・ロッカー』『スラムドッグ$ミリオネア(*8)』と同程度だが、意欲/認知率(*2) の点では、二作品を上回っていることにも注目したい【図5】。


意欲率(*2)(=認知率×(意欲/認知率))は『スラムドッグ$ミリオネア』が5.6%、『ハート・ロッカー』が6.5%であったのに対して、『英国王のスピーチ』は9.3%と、大幅に上回っている。『英国王のスピーチ』、『ハート・ロッカー』の9億円はもちろん、『スラムドッグ$ミリオネア』の13億円を上回る最終興行収入が期待できるのではないか。
なお、過去3年間の作品賞受賞作品のうち、『英国王のスピーチ』『スラムドッグ$ミリオネア』は配給会社のギャガ株式会社が買い付けたものである。これは、冷え込む外国映画の買い付け市場の中でも同社が映画を買い続けたことに加えて、運も味方したのであろう。しかし、むしろ興味をひくのは、同社のどのような戦略・在り方が、そんな運を引き寄せたのか、そしてこのように運を最大限に活かす結果を生み出したのか、ではないだろうか。
*1
リサーチ内容:リサーチ実施日の12週間前から1週間後に公開する作品の中で、一定以上の公開規模のものを対象とする。
サンプル数は約1200~、全国に住む15歳から69歳男女の中で、過去一年間に映画館で映画を1本以上見た人(映画鑑賞者人口)。
男女・年代別の構成比が、年間の映画鑑賞者人口の比率 と等しくなるよう重みづけをしてある。
なお、本リサーチモニター対象者は14歳以下を含まないため、14歳以下の動員比率が高い作品の意欲率は、実際のポテンシャルよりも低くなる。(例えば、ポケットモンスター、プリキュアなど)
*2
【認知率とは】 映画観賞者人口の中で本作を知っている人の割合
【意欲率とは】 映画観賞者人口の中で本作を観たいと考えている人の割合
【意欲/認知率とは】 本作の認知者の中で、本作を観たいと考えている人の割合
調査結果は小数点第2位以下を省いて掲載しているが、集計・分析には小数点第2位以下も反映している
*3
調査対象としたキー局は 「日本テレビ」「TBS」「フジテレビ」「テレビ朝日」「テレビ東京」の5局。 「NHK総合」は、首都圏エリアのみ対象。
*4
CATS対象作品(-12~2wの100sc以上作品)およびアカデミー賞にノミネートされていた「インセプション」「ザ・ファイター」「ソーシャル・ネットワーク」「トゥルー・グリット」の露出量シェアトップ10
*5
番組内露出はキャスト出演、ニュース露出、映画紹介コーナー、スポンサークレジットなどを含む。(シェア計算時に露出の長さによる重み付けはなされていない)
*6
HeadlineTVのデータベースでは複数の作品が一つの番組コーナーで扱われた場合、その時間内訳はわからない場合がある。多くの番組では「アカデミー賞特集」の中で本作品が取り上げられているが、『英国王のスピーチ』の露出時間として計算した時間の一部には他のアカデミー賞関連作品が含まれている。
*7
参照:日経ネットマーケティング『テレビとネットの広告指標を比較する(前編) テレビCMに根付いた「GRP」とは』によると、「GRP単価は一般に、在京キー局で10万円くらいと言われている」。
*8
「英国王のスピーチ」と「ハート・ロッカー」は、いずれも公開直後の受賞であったのに対し、「スラムドッグ$ミリオネア」は、公開7週前の受賞であった。同作品の意欲率は、公開時(5.6%)よりも受賞直後(6.5%)のほうが高かったが、興行収入に結び付いているのは公開時の数値であると考えたため、同作品のみ、“受賞後”の数値を“公開時”の数値と置き換えている。

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