2013年夏映画興行の「熱」:さらなるモンスター級の風を求めて

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いま映画事業者の方にお目にかかると「この夏は~」という話になる。「風立ちぬ」「モンスターズ・ユニバーシティ」が合計で200億にもなろうとしていて今年は興行にとってはいい夏だった。しかし一方、ほかにも多数の大作・期待作が公開されている。これらの作品に市場を持っていかれた、という向きもあろう。一体何が起こったのだろうか、「夏興行のパイ」を定量的に2010年以降と比較しながら考える。
分析対象としたのは、「6月最終週から8月最終週の間に、50スクリーン以上で公開された作品」(「夏興行映画」とする)の最終興行収入(一部推定値)である。

「ジブリ・ピクサー」パワーの存在感

まず、夏興行のカテゴリ別構成比である。

カテゴリの定義は以下の通り。
邦画キッズフランチャイズ
主に夏休みのキッズをターゲットに公開されているとみられるもの。「ポケモンシリーズ」「仮面ライダーシリーズ」などほぼ毎年公開されているもの、おもちゃやゴールデンタイム放送のアニメの劇場版。
洋画実写・アニメ
各配給会社が配給する外国映画。
邦画実写
各配給会社が配給する日本映画。
邦画アニメ
アニメのうち、「邦画キッズフランチャイズ」に当てはまらないもの。深夜放送アニメや放送原作でないアニメ映画。「おおかみこどもの雨と雪」「劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」
ピクサー・ジブリ
それぞれの製作会社による作品
各年の特色をあげると、2010年夏は「借りぐらしのアリエッティ」(92.5億)「トイ・ストーリー3」(108億)が全体の40%程度を占める。2011年夏においてシェアが大きいのは「ハリー・ポッター」シリーズ最終作「ハリー・ポッターと死の秘宝(PART 2)」(96.7億)と「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」(42.5億)が大きかった。
また、2012年において邦画実写のシェアが大きいのは「BRAVE HEARTS 海猿」(73.3億)である。ほか、「るろうに剣心」(30.1億)「あなたへ」(21.5億)「へルタースケルター」(20.5億)も貢献。一方で邦画アニメのシェアが大きいのは「おおかみこどもの雨と雪」(42.2億)である。一方でこの年はジブリ作品は公開されず、ピクサーの「メリダとおそろしの森」は10億に届かなかった。
今年2013年の構成は、2010年とよく似ている。2013年夏は「風立ちぬ」(110億見込み推定)「モンスターズ・ユニバーシティ」(90億見込み推定)で40%を占めており、その存在感は圧倒的である。
やはり「モンスター」と「風」に市場は持っていかれたのだろうか。

ジブリ・ピクサー効果はパイの食い合いより拡大

しかし例年の興行を下支えする映画鑑賞者と「ジブリ・ピクサー」映画鑑賞者は重ならない部分も大きいはず。「ふだんほとんど映画館で映画は見ないけど、ジブリはみた」という人も多いであろう。これらの作品は固定の映画興行市場のパイを占拠するのではなく、むしろパイを広げるのではないか。
以下は、夏興行映画の興行収入の合計である。

こうしてみると、ジブリ・ピクサーが100億級のヒットを成し遂げた2010年、2013年は500億を超えている。ということは、「モンスター」と「風」にその分市場を持っていかれたのではなく、市場は拡大していると考えられる。ほかの映画もこれら作品の本編予告編上映などで恩恵を受けた面すら考えられる。
なお、2010年は年間興行収入はほかに「アバター」などの3D映画のヒットもあり過去最高の2200億円となっている。一方で、2011年は過去10年間で最も少ない2011年は1800億となっており、この夏興行の厳しさも大きな要因となった(2011年の興行の落ち込み分析はこちら)。

カテゴリ別「固定パイ」の大きさ?

以下は構成比ではなく、それぞれの数字の積み上げ比較である。
こうしてみると、「モンスター」ヒットが表れると変わるが、それを差し引けば例年各カテゴリのパイはほぼ一定という仮説が成り立つ。

まず、邦画キッズフランチャイズものは合計で70~80億前後の市場でほぼ固定である。現状では「夏休みこども映画」の親の財布は70~80億ということかもしれない。一方の洋画実写も、「邦画キッズフランチャイズ」ほどではないが、「モンスター級」のヒットでもない限り、一定ではないかという仮説が成り立つ。「ハリーポッター級」があった2011年は増えているが、それを差し引けばおおむね合計110~120億円である。邦画はもう少しばらついているが「海猿」(2012年)でもなければ(少し乱暴だが)80~120億ぐらい。
これを踏まえると三桁の興行収入レベルになる作品以外はまずはこのカテゴリの中でどう輝くのかということが一つのポイントとなりそう。

より「熱い」夏は来るか

では、夏の興行は「夏興行のパイの限界はジブリとピクサーがあった500億」なのか。
そうではなく、600億にも700億にもなりえる、あるいはもっと拡大する可能性はあると考える。
たとえば、シェアの推移をみると、「海猿」「ハリーポッター」などのシリーズものブロックバスターがなくてもシェアが大きく変わっている例がある。一番顕著なのは、2012年の「おおかみこどもの雨と雪」は「邦画アニメ」として大きな存在感を示したといえる。ジブリがなかった年ではあるが、カテゴリをはみ出る、あるいは再定義するようなヒットとなった例と言える。
これまでの夏興行の「外」にもポテンシャルはある。500億は、単価1200円とすれば延べ約4000万人動員。「1年間に一本以上映画を見る」映画鑑賞者人口は3000万とも4000万ともいわれるが、これらの人たちが平均で夏に映画を一本みた結果と計算される。しかし年に1~2本程度の「ライト層」は1500~2000万人程度存在すると推定され、これらの人がもう一本みたいと思う作品が登場すれば200億程度の積み上げになる。
劇場の稼働率と切り口でみてもポテンシャルはありそう。「夏興行」が興行収入500億円・のべ4000万人動員ということは「夏興行シーズン」の劇場の稼働率はおおむね25%程度と推定される(4000万人動員、3290スクリーン、一スクリーン当たり200席、1日4回上映、稼働日60日とした)。この時期の稼働率はほかの時期に比べて高いのだが、例えば追加100億円の興行収入は先ほどと同じロジックで試算すれば稼働率5~6ポイント上昇で達成できる数字である。
「邦画アニメ」のシェアを大きく拡大させた「おおかみこども」の例を挙げたが、興行が大きく伸びるためにはジブリ・ピクサー含めてすべてのカテゴリ・事業者が「ジャンルの定義を変える」ヒットであったり、ライト層以外に訴求できる「映画を超えた夏のイベント」あるいは、個別作品に閉じない劇場チェーンレベルの施策ということと考える。このように、映画興行はいくらでも増える「余地」はあるのであり、来年以降のより「熱い」夏の到来に期待したい。

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