執筆:梅津 文
10月28日、東京国際映画祭期間中に開催された文化庁映画週間「シンポジウム MOVIE CAMPUS」シンポジウム第二部「映画でつながるために。風穴を開け続ける映画業界の挑戦者たち」に、株式会社阿部秀司事務所代表/株式会社ROBOT創業者・顧問の阿部秀司さん、映画プロデューサーの川村元気さんとともに、パネリストとして登壇しました。モデレーターは映画ジャーナリストの斉藤守彦さんでした。
その場で私は前年比の落ち込みが深刻といわれる2011年興行市場の減少要因につき、弊社早川はじめスタッフとともにデータを集め分析・議論した結果を今後の展望ともに発表しました。
分析してわかったのは、今年の興行収入が昨年比19%減少、額にして400億円以上落ち込む原因は一時的な要因だけでなく、過去20年間で最も高い興行収入だった前年よりももっと前から続く構造要因も影響しているということです。
このコラムでは、先月のシンポジウムの発表内容に2011年9月分の新しいデータを加え、全体を整理しなおしました。
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このところよく言われているように、主要配給会社12社の2011年の1月から9月までの興行収入の累計を昨年同時期と比べると、マイナス19%です。仮にこのペースで年末を迎えると、興行収入は1800億を割り、額にして400億以上減少する見込みです。
この原因は一体何なのか。
よく挙げられるのが、震災。「震災による落ち込みが原因」という文言を随所で見かけます。
あるいは昨年の3Dがバブルだったから、今年のヒット作が小粒だったから、などなど。
ちなみに、「昨年比-19%」は主要配給会社12社の興行をベースにしていますが、この12社で過去5年間、一定して、興行収入全体の94%程度を占めています。
まず、震災。こうしてみると、ほかの娯楽ビジネスと比べると映画興行の落ち込みは限定的で、影響はほぼ3月に留まるようです。
では、3Dは?下記は2010年、2011年の上半期の3D公開作品のトップ5の興行収入の合計を比べたものです。
こうしてみると、確かに今年の3D映画は昨年と比べ、集客力が弱いようです。昨年よりも170億円程度、落ち込んでいます。
しかし、インパクトがもっと大きかったのは直近の夏~秋にかけての落ち込み。言うまでもなく夏からシルバーウィークにかけては年間の一番の稼ぎ時ですが、今年の落ち込みはひどく、マイナス200億程度です。
下記は同じ時期の7月から9月までの興行収入トップ10作品の合計を2010年と2011年を比べたものです。
昨年大きく稼いだ、スタジオジブリ作品もディズニー配給作品も半分以下に落ち込み、また、全体的にそれ以外の作品も伸び悩んだことが伺えます。
以上をまとめると、昨年比の落ち込みの大きな要因は、「3D(-170 億)」、「震災(-20億)」、「夏・シルバーウィーク興行の極端な冷え込み(-190億)」だったと分かります。
しかし一方で、2010年の興行収入が例外的に高いのではないか。それと比較して低いのは仕方ないのではないか?という話も成り立つように思います。実際、昨年は、2006-09年と比べて3Dによる押し上げがあったのみならず、夏・シルバーウィークも例年以上に好調で、結果、例年比200億増でした。
それならば、今年の興行模様を例年(2009年以前)と比べるとどのような結果になるのでしょうか?
明らかに今年限定の特別要因である震災はもちろん、例年と比べても極めて厳しい夏・シルバーウィーク興行だったことが分かります。これだけでそれぞれ40億、90億少ない。しかし、さらに、他の月も概ね例年より悪い。
2006-09年の平均興行収入は2010億ですが、ここまで累計12%減、そのペースを前提にすれば、年間230億落ち込む計算です。上記の震災、夏・シルバーウィーク興行以外の要因でも、額にして100億程度さらに減るのです。
これまで、2011年の落ち込みとして挙げられた「3Dバブル崩壊」「震災」「夏・シルバーウィーク興行の極端な冷え込み」はいずれも一時的な要因に見えます。しかし、経済動向と相まって、2011年、さらには2010年より前から、構造的な減少要因があるように見えます。
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その「構造的な減少要因」とは何なのでしょうか?
映画興行を宣伝、作品、顧客の側面から分析したところ、いずれの側面でも、ネガティブな要因が見つかりました。
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まず、宣伝の変化。
現在、以前と比べて、全般的に認知率が下がってきています。
100スクリーン以上規模公開作品の公開週の認知率の平均を比べると、2年間下がり続け、今年は50%を切っています。
その原因は、映画宣伝の大きな柱の一つであるテレビCMと番組内での紹介の量がいずれも年々減っていることが響いていると思われます。興行収入見込みの割に多くの予算を割くのは得策ではないのは言うまでもありませんが、前作がヒットしなかったから次作の予算を絞る、予算を絞るとさらにヒットしないというネガティブスパイラルが起こっているのでしょうか。
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次に、作品の変化。
これまで、ハリウッドメジャー大作と並ぶ興行の柱となってきたテレビ局出資映画は、本数ベースでも興行収入ベースでも下がってきています。それ以外の邦画は、本数で増えてはいるのですが、テレビ局出資映画の興行収入の減少を補いきれてない状況です。
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最後に顧客の変化。
下記は、毎週実施しているアンケートでの年間一本以上映画を見る人の観賞本数と、人口に占める映画観賞行動への参加率の変化を男性と女性に分けて分析しました。
こうしてみると、女性は頻度が減り、男性の参加者が減っています。
いくつか原因の仮説として、まず、ショッピングモールの来場者数の減少があるかもしれません。映画館は、サイト数ベースでも約40%、スクリーン数ベースでも60%以上がショッピングモール内あるいは隣接型です。中には、映画を見に来るためだけにショッピングモールに来る人ももちろんいるでしょうが、全般的にいえば、そもそもショッピングモールに来る人が減れば、映画を見る人も減ったということがあるかもしれません。
また、昨今の節約傾向についていえば、1000円ぐらいするスイーツなどの「プチ贅沢品」に対する購買行動特性として男性は節約のために、そのこと自体をやめてしまう傾向があるが、女性は、回数を減らしてでも、なんとか続けていく傾向があるそうです。映画の平均単価は1200円前後ですが、ちょうどそういった行動特性の反映も影響していたかもしれません。
さらに、顧客が変化している現象をもう一点。
恋愛要素の入っているアクション映画等を「デートムービーとしてヒットさせたい」というコメントはよく聞くのですが、数字でみると、男女ともに、異性と映画にいく人の数が減っているようです。また、男性は一人で行く人が増えています。動員の広がりが限定的になっているということもありそうです。
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いずれにしても、2009年から続く毎年100億程度のこういった宣伝、作品、顧客にわたる構造要因と今年の一時的な「3Dバブル崩壊」、「震災」、「夏・シルバーウィーク興行の極端な冷え込み」が重なり、1800億を割り込むことになりそうです。
なお、「震災の映画への影響」についてはこのように興行に対しては小さかったのですが、むしろ日本のクリエーターのインスピレーションに対する影響が大きいのかもしれないと考えます。ちょうどベトナム戦争や9.11がその後何年にもわたってハリウッド映画に影響を与えたように。
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では来年、2012年はどうなるか?
まず、今年の興行収入(見込み)に、震災分の落ち込みを足し戻します。しかし、2009年からの構造変化はやはり来年も起こると想定したほうが妥当。
ここで、もし、極端に低かった夏・シルバーウィーク興行が、せめて例年並みとなり、90億増えるとすれば、これで1800億はキープです。しかし、来年の夏・シルバーウィーク興行も今年の水準と仮定すると、来年はさらに1700億前半ぐらいまで落ち込んでしまうと思われます。
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これでは本当にまずい。
ということで、短期的・長期的な効果を狙い、考えられる打ち手は、優先順位を付けつつすべてやっていかなければならないと思われます。
企画(・制作)、宣伝、興行 ― もちろん、それぞれの立場でやるべきことは変わってきます。
動員の要は宣伝、興行ですが、いずれも、興行収入の回復に向けて取り組むべき施策はありますが、映画ビジネスの価値連鎖のなかでは、いずれも「ポテンシャルのあるものの魅力を引き出し価値を実現する」という役割です。しかしそもそも「ポテンシャルのないもの」の魅力を引き出すことはいずれの役割からも難しい。ゼロに何をかけてもゼロにしかならない。
そこで、やはり価値の源泉である企画こそが、映画興行回復への最も大事なカギを握っていると思うのです。
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最後に、過去の毎年の興行の推移を見てみます。
まず、毎年の年間興行収入の推移に、スクリーン数の推移を重ねました。
販売網の広がりは、もちろんビジネス上大きなインパクトを持ちますが、この分析では、スクリーン数の増え方と毎年の興行の増え方はほとんど相関していないことが伺えます。
一方、突然前年よりもぐっと興行収入が伸びる年があるのですが、その年には必ず「ああ、あれか!」というターニングポイントになるような目新しい企画、社会に大きなインパクトを与えた企画の存在があったように思います。
この分析から、今後も映画ビジネスの起爆剤になるのは「これまで見たことのない物凄いもの」「人生を変えるような作品」の登場であり続けるのだろうと、強く思うのです。