「TIME/タイム」のヒットについて考える(前篇)~ヒットは予測できたのか~

Pocket

執筆:梅津文

「すべての人間の成長が25歳でストップする近未来、世界を支配しているのは”時間”だった-。」というコピーの「TIME/タイム」は今年2月17日に427スクリーンで公開され、公開週末土日の興行収入は2.8億、最終興行収入は20億程度まで伸びそうな勢いである。
「シリーズもの」、「有名原作の映画化」ではなく、「映像超スペクタクルもの」でもない、監督もキャストも訴求力が特に高くはない本作の公開週末興行収入に対しては、業界内から驚きの声が上がっており、問い合わせもいただいた。
ちなみに、「TIME/タイム」の最終興行収入は、昨年の洋画作品と比較すると、下記の作品群と同じ程度である。

  • 3Dスペクタクルの「トロン:レガシー」(最終興行収入21.2億)
  • バイオハザードのポール・W・S・アンダーソン監督が有名原作を3D大作として映画化した「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」(19.5億)
  • ジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーが共演したアクション大作「ツーリスト」(18.7億)
  • アカデミー賞作品賞・主演男優賞等を獲得した「英国王のスピーチ」(18.2憶)
  • スピルバーグとJ・J・エイブラムスがタッグを組んだSF大作「SUPER8/スーパーエイト」(17.2億)

また、「TIME/タイム」は、昨年の米国内年間興行収入ランキングでも80位(総興行収入3800万ドル)である。下記の図は昨年の米国年間トップ100に入った作品の米国での興行収入と日本国内興行収入を比較したものである。両者は関連性が薄いことも多いのだが、それにしても、このゾーンの作品群では際立った日本での興行成績と言える。

◇◇◇

そこで、このコラムで二回にわたり、以下の点につき、弊社で毎週実施しているアンケートをもとにしたトラッキングデータを定量的な分析に基づき検討したい。
<1>どの時点でこの作品のポテンシャルが分かったのか (前篇、本コラム)
<2>本作が同種過去作品群と比べてぬきんでいた点はなにか(後編)

なお、「TIME/タイム」との比較に使う「同種過去作品」の定義だが、「2010年以降に公開されたハリウッドメジャー配給洋画作品のうち、認知ベースのない作品(つまりシリーズもの、有名原作ものではない)とする。

◇◇◇

<1>どの時点でこの作品のポテンシャルが分かったのか:事前のマーケティングデータをみると、順当に数字を伸ばし8-12週前時点で初週土日2億強の数値を示していた

下記は、12週前からの意欲率の推移と、12週前からの各週ごとの認知、意欲/認知の数値と公開スクリーン数に基づく興収ポテンシャルの試算結果である。(過去同種作品のデータの回帰分析に基づくモデル式を用いて試算した。回帰分析結果の補正R2は0.67)

こうしてみると、途中2億を若干割り込むこともあったものの、12週前からコンスタントに週末土日2億強ー2.5億のポテンシャルを示していたことが分かる。
このようなごくごく簡易な回帰分析によるモデル式に基づいた興行収入ポテンシャル試算結果(事前の予測値)と実績を比べると、もちろん実績が事前のシミュレーション結果の2倍になることもあれば、半分程度になることもある。しかし、「TIME/タイム」の場合は、ほぼほぼ予測計算結果どおりの結果であったと言える。
ちなみに、1週前に430スクリーン規模で公開された「ドラゴン・タトゥーの女」は初週土日2.3億であったが、こちらも同じモデル式に当てはめて計算すると12,11週前時点では1.3億程度であるものの、10週前位以降から公開週までのマーケティングデータはコンスタントに2億から2.7億のポテンシャル値を示していた。

◇◇◇

回帰分析による試算ではブラックボックス的なので、過去同種作品の中で数値の推移が似ていた作品をいくつかピックアップして比べると下記の通りである。

意欲、認知、意欲/認知、いずれの指標でも動きが非常に似ていたのは、レオナルド・ディカプリオ主演の「シャッターアイランド」(442スクリーン公開、公開週末土日2.7億、最終興行収入17億)。前述の「ドラゴン・タトゥーの女」は「TIME/タイム」よりも認知が高く、4-2週前時点で少し数値を引き離されているが、それ以外はほぼ同規模か「TIME/タイム」がやや上回っている。公開週末土日3億となった「ツーリスト」は非常に意欲/認知が高く、興行収入も意欲率の割に大きくなった例であるが、こちらは「TIME/タイム」を少しずつ上回る動きを示していた。

◇◇◇

いずれにしても、「TIME/タイム」の興行成績は、公開前の事前のマーケティングデータからすれば、そう不自然な結果とは言えない。宣伝活動に対して映画鑑賞者が反応し、それを示す事前データの数値通りの興行成績をあげた、ということであり、弊社のモニタリング対象となる12週前から8週前ぐらい、公開から約2~3か月前にはおおよそのポテンシャルが見えていたケースといえる。
業界内の人にとって、「驚きのヒット」ととらえられたということは、何かが想定外だったわけだが、事前のデータからはほぼ「想定内」である。つまり、データを見ていなかった人にとって、興行結果をみてはじめて「お客さんが自分の想定外の反応をした」「この作品を見たいと思う人は思ったよりたくさんいた」ととらえられたということと想像する。一方、事前にデータを見ていたであろう関係者にとっては遅くとも8週前前後の予測通りの結果だったのではないだろうか。
コラム後篇では、数値の内訳などを同種過去作品と比較しつつ「TIME/タイム」の特徴を掘り下げる。
○ 興行収入のデータは映連発表資料、Box Office MojoほかGEM Partners調べ
○ 「事前のマーケティングデータと過去データをもとにした予測」とずれる結果になる事例(つまり予測が難しい)としては、「アバター」「告白」のように公開後の口コミが非常に強いもの、主要な映画賞獲得によって例外的な量のパブリシティが出る場合などがある(「英国王のスピーチ」「悪人」など)。

関連記事