(2015年4月ロサンゼルスにて開催されたVariety誌主催のカンファレンスメインイベントの一つ、”The Masters”というセッションレポートの続きです。
パネリストはハリウッドメジャー各社のマーケティング問の幹部で、顔ぶれはこちら)
タイトルの重要性
前回のコラムで触れたFOX Searchlightのフーパー氏による小規模公開作品のマーケティングに関連して、作品タイトルの影響について話が及んだ。
フーパー氏は、小規模公開映画は映画の質の高さが重要であることを強調しつつ、タイトルが原因でマーケティングが難しかった事例として『127時間』を挙げた。
氏曰く(私見であると断ったうえで)、「とても素晴らしい映画だったと考えていたし、何とかしてアドベンチャー映画のように見せたかった。それは成功したのだが、思っていたレベルの興行成績にならなかった。その原因はタイトルにあったのではないかと思う。」
具体的には、中身と相まって、「苦行を長時間観る」というイメージがあったことを指摘した。
「長編映画だから、観に行けば最低90分は劇場内で拘束されると分かっているうえに、タイトルは『127時間』。どんなにダイナミックな内容であっても、じっとしていて座ってみてくださいと言うにはものすごく「長い」イメージを与えてしまったのではないか。劇中のあるシーンを見て映画館で卒倒してしまった人が多く出たのも不運だったが、映画館に行こうかと考えていた人に『岩に挟まって動けなくなった状態が127時間続いた男性についての映画を90分以上かけて観たいかどうかよくわからない』という気持ちにさせたではないか」と振り返った。
タイトルの成功事例紹介
続けて、モデレーターがタイトルの重要性や成功事例の紹介をほかのパネリストに促したところ、タイトルによって顧客層を拡大し興行的な大成功につながった事例がディズニーのストラウス氏から披露された。
“Tangled”(邦題『塔の上のラプンツェル』)は、もともと”Rapunzel”というタイトルを予定していたが”Tangled”に変更することで興行的な大成功につながったとコメントした。
曰く、「本作は、主人公のプリンセスの名前が”Rapunzel”だったが、そのままでは男の子を動員するのは難しかったはずである。“Frozen”(邦題『アナと雪の女王』)も同様に、主人公の名前をタイトルにしていない。いずれも実際はプリンセスが主人公だが、タイトルはもっと広い訴求力を持っていて、多くの異なる観客層を動員するうえで非常に重要な点だった。」
◆
ほか、タイトルが宣伝と興行の成功につながった事例として、20世紀フォックスのワインストック氏が”Let’s Be Cops(日本未公開、全米2014年公開)”を中身がビビッドに伝わった例として挙げた。
「本作は、最高のクオリティの映画とは言えないが、コメディタッチの楽しい内容で、タイトルは完璧だった。タイトルだけで内容を理解してもらえて、プロモーション活動の方向性も関係者に細かい必要がなく、楽しんで実行することができた」とコメントした。
◆
ユニバーサルのゴールドスタイン氏は最近の事例の中から“Unfriended”を挙げた。
「“Let’s Be Cops”の事例は、人はコンセプトに惹かれて映画を観るということを裏打ちする事例である」としたうえで、”Unfriended”のタイトルのエピソードを次のとおり披露した。
「本作は当初”Cybernatural”というタイトルだったが、これでは奇妙なコンピュータースリラー映画にしか感じられなかった。そういった中で同僚のMicheal Mosesが”Unfriended”というアイデアを出してきた。このタイトルの付与によって、本作は今の我々の社会文化を象徴する映画となった。」
「Unfriend/アンフレンド」はFacebook上で「友達から削除する」という意味だが、これがタイトルになったことで、ゴールドスタイン氏曰く、「ネット上のいじめ、ソーシャルメディアの使い方、人々が裏の顔を持つこと」などの現代性の高いテーマを想起させ、人々の関心を引き起こす映画として位置付けることができたとした。
◆ ◆ ◆
このように、タイトルに関して、作品の運命を決め、映画のマーケティング活動の重要な一端を担った事例がいくつも紹介された。この点の重要性は作品の規模によらないようである。日本においてもこの点は同様であろう。
また、日本における外国映画の場合は“邦題”という大事なクリエイティブワークがある。
最近の事例でも、上記セッション中で話題になった”Frozen”は、日本においてはアメリカとは逆に主人公の名前を冠した『アナと雪の女王』というタイトルで大成功したという事例も興味深い。
また、小規模作品でも、”Any Day Now”(劇中で歌われる曲名)→『チョコレートドーナツ』(登場人物の男の子の好物)、 “Une Estonienne à Paris” (直訳するとパリのエストニア人)→『クロワッサンで朝食を』などタイトルのつけ方が市場を広げた例は枚挙にいとまがないと思う。
弊社では映画マーケティングに携わる方々に向けて作品の浸透度調査を行っているが、調査では回答者にタイトルを提示するものであり、いわばタイトル調査である。
すでに浸透している概念あるいはわかりやすいキーワードを含むもの、あるいは覚えやすいタイトルは露出量に対して認知度が高くなりやすい傾向はある。また、タイトル自体が何かを期待させ、その訴求力が強いとき、意欲度も高くなりやすい。
映画鑑賞者が意欲を感じてから実際のチケットを購入するまでのステップにも様々な影響要因があるので、タイトルによってこういった指標が高くなることだけが重要なことではないが、「ネットで検索」という情報収集行動に照らしても、タイトルは作品の運命を大きく左右する力をますます強めているのではないか。
ハリウッドマーケティングリーダーの本音
(1)「素晴らしい映画マーケティングの条件とは」
(2)「ソーシャルメディアの存在感と影響力」
(3)「小規模公開映画の宣伝手法」
(4)「映画タイトルの重要性と成功事例」
(5)「伝統的なトラッキングデータ VS ソーシャルメディアデータ」
(6)「若者を映画館にどう動員するか~市場の変化に対応する(1/2)~」
(7)「「満たされていない観客層」としての中高年~市場の変化に対応する(2/2)~」
(8)「今こそ映画マーケティングが面白い」