ハリウッドマーケティングリーダーの本音(8)最終回 「今こそ映画マーケティングが面白い」

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(2015年4月ロサンゼルスにて開催されたVariety誌主催のカンファレンスメインイベントの一つ、”The Masters”というセッションレポートの続きです。
パネリストはハリウッドメジャー各社のマーケティング問の幹部で、顔ぶれはこちら

本セッションに関する最後のレポートで取り上げるのは、この変化の激しい時代に映画マーケティングを担当することをどのようにとらえているか、というテーマで交わされた議論についてである。
以下の通り、各パネリストから様々な示唆が出された。

20世紀フォックスのワインストック氏は、「映画マーケティングの課題といえば予算の高騰が議論になりやすいが、実際にはマーケティング予算は次第に下がっている」としたうえで、映画マーケティングにおける今の課題は多くの新しいネットメディアが隆盛する中で、メディア戦略の難しさだと指摘した。氏曰く、
「毎日、戦略、クリエイティブ検討、メディア戦略など多岐にたくさんの会議に出席しているが、かつてはあっと言う間に終わっていたメディア戦略会議の時間が今は最も長い。『ターゲットを惹きつける上ではいったいどのメディアがいいのか?ついこの間まで話題になっていたソーシャルメディアはもう流行っていない、今はやってるのはこれだ』というように議論が尽きない。」
ワインストック氏は、「様々なメディアの隆盛への対応はゲームのようで楽しい」と続け、具体例として以下のエピソードを披露した。
「お金をかけなくても効果的にマーケティングできることもあれば、とにかく、物量作戦で行くべき時もある。Youtubeで予告動画が『1000万回再生』分発注しても、ちゃんと見てない人でもカウントされてしまうので『1000万人が見た』ということを意味しない。それよりも、多くの人が録画せず生放送で見ているスポーツイベントの生中継にテレビスポットを打った方が確実に効果が上がるということもある。こういったことには非常に丁寧に戦略を練っている。」
ユニバーサルのゴールドスタイン氏はデータと情報の役割に起こっている大きな変化によって世界中でプライバシーが失われつつあることを指摘する一方、多くのチャンスが生まれていることに言及した。
「情報が膨大にあり、ターゲットを絞りやすくなってきた。我々は商品(作品)を非常に短い期間で認知度をかなり低いところから高いところへ押し上げなくてはならないため、常にマスメディアを使って非常に幅広い顧客層に向けてプロモーション活動を行ってきた。しかしいまはターゲットを絞って映画の宣伝をすることができるようになったが、これは今までにはなかったことだ。
マーケティングに関して常に語られるジョークとして、『常に宣伝費の50%は効果があって、残りの50%は無駄である。問題はどの予算区分がどちらに当たるのかが分からないこと』というものがあるが、いまは初めてそれが見えつつある。また、多くの情報から、いつ、誰に向けてプロモーションをすることが効果があるのか、どうやってそのターゲットにリーチできるのかが分かる。」
また、ディズニーのストラウス氏は、この変化の激しい中で映画マーケティングに携わっていることを非常にポジティブにとらえるべきだと発言した。
「マーケッターにとってこれほどおもしろい時代はないと思う。いまこの仕事ができる我々はとても幸運だ。なぜなら我々の仕事は今後5年間にすべてが変わっていくだろうし、10年経ったころには全く別のものになるだろうと考えるからである。
そのうえで、新作の予告編動画が全世界に向けてオンラインで解禁・公開されることが宣伝上の一大イベントとなっている現在との対比として、かつての状況について以下のように振り返った。
「携帯電話が初めて登場した時のことをここにいる多くの人が覚えているだろう。そして初めてオンラインでコンテンツを見られるようになったときのことや、まだ社内のデジタル担当部署がウェブサイトの更新・運営をしていたころのことも。当時はコンテンツが様々な形態で視聴されることを想定することにとても抵抗があったし、予告編動画を見せる権利は独占的なものであると考えていた。誰もが漏えいを恐れてネットで予告動画を流したいと思っていなかったのだ。」
そして、「たくさんのことががらりと変わりつつあり、我々は特筆すべき時代に映画のマーケティングに携わっているのだ。」と締めくくった。
◆ ◆ ◆
今回取り上げた部分に限らず、セッション通して各パネリストの発言から、本質的なことを押さえつつ大きな変化をチャンスとしてとらえようとするポジティブさを感じた。しかしどんな時代も変化はあって、それに対して「今こそ面白い」ととらえて前向きな人も必ずいるものだと思う。
パネリストのポジティブさよりも印象的だったのは、どのパネリストの発言からも、映画に魅せられ、映画を世の中に届けていくことの価値を強く感じていることが根幹にあることがうかがえるたことである。これは日本の映画マーケティングに関わる人とも共通しているのではないかと思う。
また、ネットと映画といえば、昨今のdTVやhuluの伸長、Netflix(ネットフリックス)の日本市場参入など、「映画視聴の手段」として取りあげられることが多い。しかし、映画マーケティングの手段としてのネットのもたらすインパクトも大きいはず。
以前、「動画配信がもたらすコンテンツにもたらすインパクト」を試算したとき、コンテンツホルダーが受ける恩恵は、当面は配信による収入増よりも、マーケティングの効率化によって、劇場で映画を観ることなど「既に存在しているメディア」でのコンテンツ視聴数が増えることのほうが大きいという結果となった。
この試算を覆すような、市場を急速に変えるイノベーションは起こりつつあるのかもしれないし、起こった時の変化のスピードは速いと思う。しかし映画に関してネットで見られているのは、映画そのものだけでなく、予告編動画や紹介記事、鑑賞者の発信もそうである。また、そもそも「映画」と一口に言っても多様で、人によって個別の嗜好性高いものであるので、きめ細かいターゲットマーケティングと親和性が高いと考える。
「配信」という新しい鑑賞形態の浸透であろうが、映画マーケティングの効率化で劇場、DVD、放送の既存メディアでの映画鑑賞者が増えるという形であろうが、映画コンテンツの視聴者が増えていくために、今は重要な変化の潮目にあることは間違いないと言えそうである。

ハリウッドマーケティングリーダーの本音

(1)「素晴らしい映画マーケティングの条件とは」
(2)「ソーシャルメディアの存在感と影響力」
(3)「小規模公開映画の宣伝手法」
(4)「映画タイトルの重要性と成功事例」
(5)「伝統的なトラッキングデータ VS ソーシャルメディアデータ」
(6)「若者を映画館にどう動員するか~市場の変化に対応する(1/2)~」
(7)「「満たされていない観客層」としての中高年~市場の変化に対応する(2/2)~」
(8)「今こそ映画マーケティングが面白い」

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